November 17, 2017

10代で鳥取を離れ、20代は都会で勘違いをし、30代で地元を少し見つめることができた僕。 「なにもない」と思っていた鳥取には、自然豊かな環境や人と人の繋がり、県外の人を受け入れる度量、そこから生まれる新しい文化がとても豊かだと感じました。 よく考えてみると、10代で鳥取を離れた僕は、帰省するたびに旧友と“サッカーから

November 15, 2017


僕は30数年前に、鳥取の小さな町で生まれました。

1番古い記憶を思い出してみると、保育園の入り口で母親に抱きかかえられながら、「ポンキッキ見たい~」と涙を流し駄々をこねていた景色と思われます。とはいっても、保育園の記憶はそれくらいしか思い出せないので、もしかしたらポンキッキのくだりも、僕の妄想なのかもしれません。

ちなみに僕はムックよりガチャピン派です。

家から歩いて5分と近かった保育園は、少し(か、けっこう)前に取り壊されたようで、今ではだだっ広いさら地になっています。

その場所から歩いて5分すると、僕が通った小学校があります。もちろん6年も通ったので、それなりに記憶があります。

例えば、3年生の図工で、絵なんか上手くないのに、当時担任だった先生の似顔絵だけは妙に似ていると感じた僕は、まわりの友達に「この絵、上手いだら~(“上手いでしょ”の鳥取弁)」と自慢げに言ってまわりました。でも、誰も聞く耳を持ってくれない。リアクションもない。おそらく僕はそれで絵の自信をなくし、画家以外の夢を選ぶようになりました。

その時、「上手い!」「似てる!」なんて言われていたら、今頃は鳥取を代表する画家になっていたんだと思います。あくまで過大評価ですが。

それにしても、10歳そこらの子どもが、担任の似顔絵を教室中で見せびらかせていた光景を想像すると、少し狂気にも見えるのは僕だけではないはずです。

そんな、挫折を味わった小学校(もっと思い出あるけどね)も、少し(か、けっこう)前に取り壊されています。

だから、僕の通った保育園も(たしか幼稚園も)、小学校も、もうありません。

もう、お分かりかもしれませんが、鳥取は“目に見えて”「過疎化」が進んでいます。もちろん少子化の流れもありますが、僕のように鳥取を離れる人がまわりにたくさんいます。僕たちは高校を卒業すると、おおよそ7割(当社比)が県外に出てしまいます。それは、行きたい大学や専門学校があったり、都会に憧れたりと理由はそれぞれです。僕も都会に憧れた中のひとり。

「ここは田舎で退屈だから、キラキラした都会に行きたい」
出身地は違っても、けっこうな人にこの言葉は共感してもらえると思います。「都会に出れば、僕の、私の人生は幸せだ」と考えていた人、その場で手を挙げてみてください。

はーい(僕です)。

そんな、気持ちで故郷...

November 5, 2017

もうしばらく経つけど、数年前にウルトラクイズで優勝できなかった僕は、実費でニューヨークに行きました。季節は真冬、雪が降り積もる道路脇の排気口からは、もくもくとした煙が出ていた光景が広がり、「なんともニューヨークっぽい」って感動したっけな。 ろくにアートの知識もなかったのに(今でも非常にあやしい)、僕はニューヨークの美

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