March 31, 2018

気づいてないかもしれないけど、誰しも人生のターニングポイントがあると思います。

僕がいまこうして自分らしい(と思われる)暮らしを送れるようになった理由のひとつに、駒沢の本屋さん・SNOW SHOVELINGの中村さんと出会えたことがあります。

中山美穂に初めて会った辻仁成が「やっと会えたね」と言ったシチュエーションではなかったんですが(そもそも、そんな出会いは辻仁成しかありえない)、僕がまだアパレルメーカーに勤めていたときに、初めて中村さんと会いました。

未経験ながら本屋を始めた中村さん。アメリカの本屋に来たのかと錯覚(そんなに行ったことないけど)するほど洗練された空間に感動し、それにも増して中村さんの誰にも何にも許容する姿に感銘を受け、「中村さんになりたい」と堂々と言っていたほどです(気持ちわるい)。

その出会いからはや6年。中村さんへの憧れを持ったまま、僕はアパレルメーカーから出版社、そして今の仕事へと流れつき、先日偶然にも出版業界の新聞、新文化でSNOW SHOVELINGを紹介することができました。

“人生は小説より奇なり”なんて言葉がありますが、それくらい人生って何があるか分からないな〜って思いながらも、この記事を書けたことはとても感慨深く、アトランタ五輪のときに有森裕子が言った「自分で自分を褒めたい」って気持ちにちょっぴりなった3月の終わり。

でも、この話をいただいたときは、あまりに紙面の掲載部分が大きくてひるみ、悩み、逃げたいと思っていたことは、ここだけの話。

でも、やれてよかった。

March 24, 2018

「この仕事どうですか?」なんて言われて、楽しそうだなってときは後先は考えず「やります!」って言ってしまいます。

でも、自分の能力なんて気にせずにOKしてしまうので、受けてから「よくよく考えると自分の能力だと受けちゃダメだよ」なんて不安になり、その先に焦りは絶頂に達します。

会社員だった頃は、自分の能力(ぜんぜんできなかった)がバレていたから、「お前はこんなもんだろ」と査定されて仕事を振られてたし、「これやりたいっす!」なんて本心では思ってないことを一応言うことがほとんどだったから、今みたいに「いやー、やるって言わない方がよかった」って後悔することは少なかった気がします。

本心でやりたいと思わずに会社員を続けるとどうなるか。


チャレンジをしなくなります。


当時、僕は「チャレンジして失敗なんかしたら、怒られて評価は下がるし、残業も増えちゃうから、言われたことだけやればいいや(それもできてなかったけど)。そしたら、週末は休みもらえるし、そこまでなんとかガマンガマン」なんて思っていたわけです。

だから、会社員時代に成し遂げたことを聞かれると「うーん、なんだろうな」と、ごまかしつつ、心では「本当になにも成し遂げてないな…情けない」と奈落に落ちていく状態(かなり深い)。でも、そうかといって、環境を変化させるのは怖いから、結局ガマンしつつ会社に通っていました。

そこから数年、今は後先考えず楽しそうなことに飛びつき、わりとチャレンジするようになりました。

そんなときには、もれなく会社員時代の僕が「チャレンジなんてしなきゃいいよ。だって、それ失敗したら、この先の仕事なくなるよー」と耳元でささやくわけです。

その言葉に僕は1度屈します(がんばれよ)。

でも、引き受けた以上はがんばるし、「もう、やーめた」って諦めることも(今のところ)ないし、なにより好きなことを成し遂げたあとの「おおーーー、なんとかできた」っていう心地よさがあることを知ってるから、会社員時代にはできなかったチャレンジに手をあげることができています(僕の場合ですが)。


あれ、そもそも、なんでこんなことを書いてるんだっけ?

それは、今まさに僕はチャレンジしていて、失敗をとても恐れているから(もう会社員時代の僕が肩に座ってる)。

その気持ちを打ち消すために、ここで自分を奮い立たせようとしているわ...

March 6, 2018

たまに、「いつも楽しそうですね」と言われることがあります。

「おお、ほんとですか」なんて言いながらも、「いやいや、実際は全然楽しくないから、みんなが見てるとこだけカッコつけてるだけっすよ」と心で思ってる時期が(相当な時間)ありました。

30歳くらいまでは、“どうやって人に見られるか”を意識するあまり、たとえば、有名人ばりに才能あるあるアピールをしたり(ヤバいやつ)、ここに行けばオシャレの仲間入りだと勘違いしながら流行りの展覧会に行って、「これは前衛的な作品だ。まるで春の心地よい昼下がりのよう」なんて、全然感じてもいないのに、自分が知的だと思われたい願望でSNSに載せたりしてました(かなりヤバいやつ)。

要するに、中身なんて何にもない薄っぺらな人間でした(まぁ、今でもですが)。

でも、なんでそんなことする必要があったのかなー、なんて今更ながら考えてみると、

どこかの場面で、「仕事できないよね」「自信がないよね」「抜けてるよね」「かっこ悪いよね」って思われてしまい、

「あなたはダメな人だよねー」ってレッテルを貼られることにとても恐怖を感じてたから。それをきらって、仮の自分を必死に、そして滑稽に作っていたんだと思います。


でも、必死だったなぁ。


もちろん今でも見栄はあるし、周りの目も多少は気になるけど、「仕事できませーん」「アート見てもわかりませーん」「よくミスりまーす」「田舎もんでカッコ悪いっすー」って素直に言える自分がいます。

そのかわりに、「ライターしたり、ギャラリーやったりすることが好きだー」「よく分からんけど、アートが好きだー」「ミスるけど、またチャレンジしたいー」「かっこ悪いよね、だって自分だもの(みつを)」って言える自分もいます。

その変化は、おそらくですが、自分を作ることに疲れたこと、そして、自分は何者でもないと思えたこと、そこに僕のターニングポイントがあったかなと思います。

何者でもない自分だからこそ、周りに気を取られることなく、思うままに生きる。

こんなこと書いてるけど、それは僕の目標です。

だって、だって、やっぱり少しは見栄を張っちゃうもんね(最初に戻る)。

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