November 16, 2018

9月末から風邪をこじらせて、なんとなく食欲がなくなり、お腹の調子が悪化。治るかなーと思ってたけど、全然よくならなくて、さらに食欲不振で高校生時くらい体重に(つまり痩せたってこと)

いっこうに体調がよくならないから「もしかしたら大きな病気かも…」と不安になり、日本大げさ協会(会長はうちの父)の理事である僕は、みるみる元気がなくなっていきました。

フリーランスになって健康診断を受けてなかったから、自分の症状をインターネットで調べて、「あーもう手遅れだ」(大げさ)、「あー、大病だ」(これも大げさ)とオロオロして、「もしかして自分ヤバいかも(その通り)」と医者でもないマイワイフに何度も症状を訴える僕。まさに、日本大げさ協会の…(もういい)。

結果、不安は悪い妄想となり、最悪の状況=死を想像することに……。

たとえば ぼくが死んだら、そっと忘れてほしい

さみしいときは ぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ

って、これは森田童子の歌詞です(名曲だし、eastern youthのカバーも最高)。

それはともかく、「いま、僕が死んだら、心残りはあるだろうか」って考えたわけです。

もちろんマイワイフや家族(猫のわらびさんもね)とか友人は悲しむし(そうあっってほしい)、たくさん迷惑かけるだろうな。なんて思う一方で、今の生活はけっこう満足しているから思い残すことはあまりないかもなーって思ってしまいました。

社会人になってからの十数年は、自分の思い描く世界を生みだせなくて(それは自分のせいなんだけど)、それはそれはダークな毎日を過ごしていました。まあ、カッコつけてたから、当時のSNSでは「おれ、こんなに充実してる毎日を過ごしてるけどな」ってアピールして、心のバランスを取っていたけどな(笑ってやってください)。

そのダークサイドな実生活と比べると、今は自分らしく生活できてるから、死を想像しても「なんか後悔ってあるかなー」なんて思ったわけです。

でも、本当にやり残したことってないのかな。

そんなことをぼけっと考えてたら、「やり残したこと」じゃなくて、この先「生きててよかったー」って心震えるような機会が残ってるかもしれない(残ってるはずだ)。それって楽しみだなーって思ったりしました。

「自分は生きてる価値がないかも」って絶望の淵にいた30歳前後から現在までを振り返るだけでも、自分が思いもよらず「生きててよかったー」って感...

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