April 17, 2019

2000年、僕は大学生でした。

当時はろくに大学にも行かず、バイトしてサッカーして、だらだらして。

未来なんて考えず、今をなんとなく過ごす。典型的なそっち側(どっち側だよ)の大学生をしてたなー。


ただ、そんな僕でも夢中になるものがあったんすよ。

ひとつは松本大洋先生の名作『ピンポン』。

自由奔放でお菓子好き、幼い頃から天才と呼ばれながらも、その実力を過信してしまいのちに大きな挫折を経験。その後、幼馴染の一言で奮起し、復活を遂げる主人公のペコ(右ペン・前陣速攻型)に憧れていた僕(まわりくどいな)。

あまりにも影響を受けてたから、その言動を真似したり(病気)、当時実写化された映画を7回観たり(これも病気)、まぁ、とにかくペコ熱にうなされていたわけです(まさに病気)。


そして、もうひとつ夢中になったもの。

それがロックバンド・THE YELLOW MONKEY(以下「イエローモンキー」)。

高校時代にサッカー部の同級生、やもりくん(ボランチ)に「これ聴いてみ」ってCDを渡され(たぶんそんな感じだった)、彼らと出会いました。

当時、音楽チャートはさわやかビジュアル系バンドが席巻。その流行りからは外れ、独自の路線(特に『SICKS』が好きだし永遠の一枚)で音をかき鳴らすイエローモンキーの世界観に、僕はどんどん魅了されていきました。

その延長として、バンドのメンバーが影響を受けたアーティスト、特にデヴィッド・ボウイはよく聴いていたなー(あと、歌謡曲)。


大学に入ってもイエローモンキー熱は相も変わらず、というか、ますます加熱していき、曲を聴くだけにとどまらず、関西圏のライブにはほぼ行ってたんすよ(京都に住んでたからね)。


そんな2000年、イエローモンキーがリリースしたアルバム『8』(8枚目だからね)。

もうなんかね、「やっぱり売れ線感なんて微塵もねーじゃん、好きだー!」「このバンドしかこの音楽は作れねー!」なんて夢中になっていた矢先、突如バンドは活動休止を発表。

「まぁ、バンドに休止はつきものだもんね」「仕方ないよ」なんて待ち続けたけど……


僕が東京で働き始めた2004年にバンドは解散……なんでやねん。


同年12月に東京ドームで「イエローモンキー展」なるイベント(未だに謎)が開催され、最終日にメンバーが登場。

突然『JAM』を歌い...

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