グチは世界を救う、わけがない


家にいるとあらゆる誘惑に負けてしまうので、仕事は基本的に近くのスタバでしています。 今日も今日とてスタバで仕事してたら、隣にいる女性ふたり(おそらく同じ会社だけど部署違い)がずーっと、仕事のグチを話していました。 あの人がどーとか、あの仕事がどーだ、とか。 聞き耳を立ててるわけじゃないのに、ふたりともよほど不満があるのかヒートアップして声も大きくなり、僕だけではなく半径3メートル以内の人たちは内容を把握していたはず。 そんなあまりの不満ぶりに、「じゃあ、その会社辞めたらいいのに」と、心で叫んでしまっていた僕。 でも、冷静になって考えると、このふたりの女性は、ほんの3年前までの僕だ、と思ったわけで。 仕事が面白くないのは、上司のせい、同僚のせい、会社のせい、環境のせい……そんな不満を来る日も来る日もグチとして発散していたし、でも環境を変える勇気もなくて悶々とする毎日。 そこから抜け出せなかったのは、社歴が長くなり、少なからず給料や待遇がよくなったから。つまり安定と引き換えに、僕のグチは増えるばかり。 気づけば30歳も超え、もう冒険なんてできない歳になっていました。 思い通りにいかない人生を誰かのせいにするばかりの僕は、ある日を境にその気持ちが耐えられなくなり、半ば何も考えられず仕事を辞めてしまいました。 30代半ばで結婚もしてたのに、突然「仕事辞めるって言ったってよ」って伝える旦那と、それに引く嫁。 無計画に辞めたから、そこからは貯金を頼りに、「好きなことしかしない」と決めて無職の男があーでもない、こーでもないと各地をまわったり人に会ったりしたわけです。 いまライターとかしていますけど、そんなことをやれるとは夢にも思ってなかったから、何も稼げてない自分に焦って、仕事をネットで探したりもしたっけな。 その焦る気持ちは多少あったけど、それ以上にストレスがなくなったことで、グチでいっぱいだった頭の中は空っぽになり、「やりたい」とか「やってみたい」ことでどんどん埋まっていく感じ。 その「やりたい」「やってみたい」ことを片っ端からやっていったら、知らないうちにこうしてやりたいこと(もちろん全てではないけど)をやりつつ暮らしていけるようになりました。 まぁ、はじめは「こんなんで暮らしてるのか」ってくらい稼げなかったけど、とにかくやりたいってことであればお金なんて関係なく「ハイ!ハイ!」ってダチョウ倶楽部のように手を上げていました。 そんな経験を経たからこそ、今日スタバでグチを話す女性たちに「そんなに嫌なら辞めたら」と思ってしまったわけです(まわりくどいな) 僕は今の生活になってから、よくこんなことを言います。 会社員時代にはるかに高いと思っていた「好きなことを仕事にする」という壁。それを必死に乗り越えて振り返ると、実は階段くらいに小さな壁だった。 つまり、僕は十数年もその「自分には無理だ」という、まやかしに惑わされて生きていたってことっすね。 この話をすると、思いのほか共感されます。そんな人たちは、なにかのきっかけで人生を方向転換した人たちに多い気がします。 最近、居酒屋で、カフェで、電話で、LINE、ツイッターで、会社とか今いる環境について延々とグチを言い続けてたなーなんて人は、そろそろ人生が変化を欲してる時期なのかもしれません。 とは言いつつ、僕も現状には満足してないから、変化をしなきゃと思ってるけどな(どっちやねん)。 今日も長々と拙い文章を読んでくれてありがとう、もっと短くしろよ、と自分ごとながら思う祝日の夜。 まぁ、それも今の実力なのかなと。

—— Hiroyuki Funayose

日々のあること(ないこと)はInstagramで。


最新記事
アーカイブ