「誰か」の「誰か」に僕がなっているとしたら


さっき、背伸びしてワインなど飲んでみたんですよ、いや、背伸びしてないか、もう中年なんで(年齢の問題でもないけど)。 それで、ふとこんなことを思いました。 このワインは遠い国の誰かが作って、それを誰かが日本に送って、誰かが受け取って、誰かがお店に置いて、それを僕が買って、いま飲んでるわけです。 ざくっと簡略化した文章でも、「誰か」って4回も出てきます。

でも、僕はその「誰か」に会ったことは(おそらく)ありません。 そんな、「誰か」の「誰か」に僕がなっているとしたら、それはどんなバトンを「誰」から受けて、「誰」に渡しているのか。 たくさんの「誰か」を通して僕で終わることもありますが、「誰か」に繋ぐことをもっと大切にやっていきたいなぁ、例えばあんなこと、こんなこと(遠い目)。 なんて考えながら、もう少しで木曜が終わろうとしています。 こんなどうしようもなく、くだらない話にお付き合いいただきありがとうございました。 みなさん、ではでは良き睡眠を。


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