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「誰か」の「誰か」に僕がなっているとしたら

July 20, 2017

 

 

さっき、背伸びしてワインなど飲んでみたんですよ、いや、背伸びしてないか、もう中年なんで(年齢の問題でもないけど)。

それで、ふとこんなことを思いました。

このワインは遠い国の誰かが作って、それを誰かが日本に送って、誰かが受け取って、誰かがお店に置いて、それを僕が買って、いま飲んでるわけです。

ざくっと簡略化した文章でも、「誰か」って4回も出てきます。

でも、僕はその「誰か」に会ったことは(おそらく)ありません。

そんな、「誰か」の「誰か」に僕がなっているとしたら、それはどんなバトンを「誰」から受けて、「誰」に渡しているのか。

たくさんの「誰か」を通して僕で終わることもありますが、「誰か」に繋ぐことをもっと大切にやっていきたいなぁ、例えばあんなこと、こんなこと(遠い目)。

なんて考えながら、もう少しで木曜が終わろうとしています。

こんなどうしようもなく、くだらない話にお付き合いいただきありがとうございました。

みなさん、ではでは良き睡眠を。

 

 

 

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